”刈る”からの脱却_第二章:沈黙の侵略者への「生物学的」アプローチ

蓼(たで)食う虫も好きずき、ツルノゲイトウにも

ナガエツルノゲイトウの防除において、人間が重機を操り、必死に断片をかき集める姿は、一見すると「努力」に見える。しかし、生態学的な観点から見れば、これは自ら「繁殖のスイッチ」を押しているに等しい行為だ。

水木しげる風の画風で描かれた、川の中から巨大な妖怪のような姿で現れた「ナガエツルノゲイトウ」と、それを黄色い重機(ショベルカー)で取り除こうとする作業員のイラスト。

なぜ、彼らはこれほどまでに増殖するのか。その秘密は、原産地である南米の環境にある。

「不在」が招く爆発的増殖

水木しげる風のレトロな妖怪漫画の1コマ。 南米のジャングルの中を流れる川辺で、カピバラの群れが、妖怪のように動く不気味な植物「ナガエツルノゲイトウ」の蔓をむしゃむしゃと食べている。 カピバラは怯えることなく、むしろ一心不乱に貪り食っており、ナガエツルノゲイトウの蔓は彼らの口に吸い込まれていく。 背後の森では、大きな目と恐ろしい口を持つ不気味な大木の妖怪が、カピバラたちの食欲を見て青ざめ、怯えている。 川からは別の植物の妖怪が何本もの蛇のような首を伸ばし、陸では小さな鬼や子泣き爺のような妖怪たちが「GYA!」「KASHAKASHA!」と声を上げてカピバラたちの凄まじい食欲に驚き、逃げ惑っている。 カピバラたちの口元には「ZUZUZU」「GABUUU」という豪快な食べる音のオノマトペがある。 スペイン語の吹き出しには「¡No es invencible en el Amazonas!」(アマゾンでは無敵ではない!)と書かれている。 日本語の吹き出しには、大木の妖怪が「私の森のヌシたちも怒っているぞ!」と言い、陸の妖怪たちが「南米の川では無敵じゃないよ!」と言っている。 全体がモノクロームで、古い和紙のような質感の背景に描かれており、手描きのインク線とスクリーントーンが水木しげるの画風を再現している。
南米の川辺では、ナガエツルノゲイトウは「無敵」ではない。そこには、長い年月をかけて進化のプロセスで最適化された、彼らを専門的に食する「天敵」たちが存在している。
茎の内部を食害する「アルコラ・マロイ」というガの幼虫や、葉や茎を攻撃する
「ナガエツルノゲイトウヒメハムシ」といった昆虫たちが、常に彼らの成長と個体数を
抑制しているからだ。

日本外来昆虫図鑑の形式で描かれた、ナガエツルノゲイトウの特定外来生物対策天敵に関するイラスト解説。左側には「アルコラ・マロイ」の成虫、幼虫、食入痕、蛹、卵塊が、右側には「ナガエツルノゲイトウヒメハムシ」の成虫、幼虫、葉の食害痕、卵、蛹が図解されており、それぞれの生態的特徴や対策効果が示されている。

しかし、日本というフィールドには、彼らの増殖を止めるブレーキが存在しない。 生物学的に言えば、天敵という「制御回路」が切断された状態にあるのだ。人間が重機でどれほど
刈り取ろうとも、それは天敵による緻密な「個体数管理」ではなく、ただの「無差別破壊」でしかない。物理的に細分化された断片は、かえって彼らにとっての「増殖の種子」となって川を下り、新たな領地を広げていくだけである。

水木しげる風のレトロな漫画の1コマ。上流では、黄色い重機(ショベルカー)を操作する男性が、不気味にうねる巨大な妖怪「ナガエツルノゲイトウ」の触手を必死に引き抜いている。背景の森や遠くに見える家々は、緻密なインク線とスクリーントーンで描かれている。下流では、同じ妖怪の、しかし小さくてまだ無数の小さな觸手を持つ妖怪たちが、不気味な笑みを浮かべながら川を泳ぎ、陸地へ這い上がろうとしている。彼らの周囲の川面もまた、小さな触手が波打っている。全体が古びた和紙のような質感の背景に、手描きのインク線とスクリーントーンで描かれている。

なぜ、私たちは「防波堤」を築けないのか

諸外国では、この天敵昆虫を導入する「生物学的防除」という手法が、数十年にわたり大きな成果を上げている。彼らは、特定の環境下で特定の対象のみを標的とする「高い専門性」を持つエージェントであり、無闇に農作物を食い荒らすようなことはない。

水木しげる風のモノクロ漫画。湿地帯のアマゾンで、白い防護服とガスマスクを着た4人の集団が、背負った散布機から大量の「アルコラ・マロイ」と「ナガエツルノゲイトウヒメハムシ」を撒き散らしている。散布された昆虫や、川を泳ぐワニ、周囲を飛ぶ鳥たちは、妖怪のように不気味で滑稽な姿で描かれている。手前の水辺からは、複数の小さな妖怪たちが這い上がろうとしている。日本語の吹き出しには、「諸外国では、この天敵昆虫を導入する「生物学的防除」という手法が、数十年にわたり大きな成果を上げている。」「アルコラ・マロイ散布!」「ナガエツルノゲイトウヒメハムシ散布!」「ナガエツルノゲイトウが減少しています。」と書かれている。

翻って、日本の現状はどうだろうか。 私たちは、未知の生物を導入することへのリスクを過剰に恐れ、結論を先送りにし続けている。もちろん、生態系への配慮は不可欠だ。しかし、科学的な評価と論理的な判断を放棄し、「何もしないこと」を最善の策とする姿勢は、結果的に環境破壊を放置するのと同じではないだろうか。

水木しげる風のレトロなモノクロ漫画の一コマ。薄暗く、壁紙が剥がれ落ちた不気味な政府の会議室。大きな木のテーブルを囲み、ネクタイ姿の日本の政府役人たちが約15名、一様に暗く沈痛な面持ちで座っている。誰も口を開かず、うなだれ、苦渋に満ちた表情や、虚空を見つめる表情が並ぶ。テーブルの上には、「検討資料」「生物導入リスク」「結論先送り」といった日本語の文字が書かれた書類や、空の茶碗、灰皿が散乱している。背後の壁には、剥がれかけた横断幕に「政府開催 ナガエツルノゲイトウ対策委員会」の文字がある。部屋の隅には、小豆とぎや傘化けのような小さな妖怪が、静寂に脅えるように隠れている。テーブルの上の静寂を象徴するように、太く不気味な和文フォントで「しぃぃ~~ん」という大きな擬音語が、彼らの頭上に漂っている。全体が古びた紙のような質感の背景に、手描きのインク線とスクリーントーンで描かれている。

この植物との戦いは、物理的な破壊という原始的な手段に固執するフェーズはすでに終焉を迎えている。これからは、彼らが持つ生物学的な脆弱性を突き、適切に制御を施すための「次の段階」へ進まなければならない。沈黙の侵略者に対して、私たちが取るべきは「根絶やしにする暴力」ではなく、「生態系としてのバランスを奪還する戦略」なのだ。


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