緑の大地は涼しいというイメージ
「温暖化対策」と聞くと、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは「砂漠の緑化」や「植林」ではないでしょうか。広大な不毛の地に木々を植え、豊かな森に変える。
直感的で、誰の目にも美しい、まさに救世主的なプロジェクトです。
しかし、機械設計者である私から見ると、このアプローチ(砂漠緑化計画)には物理的な「設計ミス」の可能性を感じざるを得ません。
蒸散(潜熱)という、もっとも優れた排熱装置
木々が熱を冷やすメカニズムの核心は、葉からの「蒸散」にあります。植物は根から吸い
上げた水分を葉から大気中に放出し、その際、周囲の熱を奪います(気化熱)。
これは物理学的に見れば、極めて効率の良い「冷却ファン」です。
問題は、この冷却ファンが機能するための「水」の供給源です。 熱い砂漠で木を育てようとすれば、地下水を汲み上げ、灌漑設備を整える必要があります。しかし、砂漠の過酷な
熱環境下では、植えた木が蒸散で熱を奪う量よりも、地表の乾燥が引き起こす熱収支の
マイナスの方がはるかに大きくなる可能性があります。
黒体放射か、それとも温室効果か
砂漠地帯は、熱力学的には「放熱フィン」のような存在です。日中に蓄えた熱を、夜間の放射冷却によって宇宙空間へ逃がしています。もし、ここに無理やり植物を茂らせ、地面を覆い隠してしまったらどうなるでしょうか?
植物は炭素を固定し、確かに温暖化ガスの削減には貢献します。しかし、同時に地表の
「放射率」を変化させ、かつて熱を放散していた裸地を、湿った土壌や植物という
「熱容量の大きいシステム」に変えてしまう可能性があります。
つまり、
「熱を逃がすための排熱フィンを、断熱材で覆ってしまう」という現象が起こるの
ではないか——というのが、私の抱いている懸念です。
「場所」という制約を設計し直す
そもそも、砂漠に木を植えるというアイデアの背景には「不毛な場所を豊かにする」という人間側の願望が強く働いています。しかし、地球規模の熱収支をコントロールする
「システム」として考えた場合、砂漠は砂漠のまま、特定の熱力学的役割を担っていると
考えるべきではないでしょうか。
冷却が必要なのは、地表温度が上がりすぎている場所、そして熱エネルギーが滞留している場所です。それを考えたとき、陸上の数%に過ぎない砂漠に固執するよりも、地表の7割を占める「海」という、圧倒的な熱容量と広さを持つプラットフォームに目を向ける方が、
工学的にははるかに合理的なのです。
「緑がない場所に緑を作る」ことへの執着を捨て、「地球という熱機関がどこで熱を処理し、どこで炭素を循環させるべきか」を計算し直す。
それが、温暖化対策の次のステージだと私は考えます。








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