砂漠だけではない、不毛地帯は海洋にもある
陸上の砂漠が熱力学的な役割を担っているように、広大な外洋にもまた、独自の「システム」が存在します。しかし、私たちはこの海をあまりにも過小評価してきました。
多くの外洋域は、海洋生物学者の間で「海の砂漠(Biological Desert)」と呼ばれています。表面には太陽光が降り注ぎ、温暖な環境が広がっているにもかかわらず、なぜか生命の密度が極端に低い。なぜなら、生命を育むための「窒素」「リン」「鉄」といった栄養塩が、
深く冷たい海底に沈んだまま、表層に供給されていないからです。
「生物ポンプ」という炭素のベルトコンベア
しかし、この「栄養不足」こそが、私たちが地球規模の環境エンジニアリングを行う上で
最大のチャンスになります。
自然界には、表層の炭素を深海へ運び去る「生物ポンプ(Biological Pump)」という強力な循環装置が備わっています。
微細な植物プランクトンが光合成で炭素を固定し、それを動物プランクトンが食べ、その糞や死骸が深海へ沈んでいく。いわゆるマリンスノーが炭素を海底に固定しています。
このシステムを強化できれば、大気中の二酸化炭素を数百年単位で深海へロックアウト
することが可能です。
しかし、現在の海洋生態系は、生物ポンプの出力(プランクトンのえさの供給)が慢性的に低い状態にあります。
つまり、栄養塩(窒素、リン、鉄)を深海から引き上げるための「揚力」が
足りていないのです。
「浸透圧」という微細な壁
もうひとつ、植物(海藻)を外洋に植えることへの技術的な難しさが浮上します。
それは、海水の高い塩分濃度です。
海水に浮いている海藻は、細胞内の水分を奪われまいとする「浸透圧」との絶え間ない戦いを強いられています。植物を海上で繁栄させるには、ただ「植える」だけでは不十分です。
塩分ストレスを緩和し、なおかつ限定された栄養を効率よく回収する「バッファ領域」が
必要です。
私はここを、一つの「システム設計上のボトルネック」だと捉えています。
もし、海水の過酷な塩分濃度を遮断し、植物が本来持っている光合成のパフォーマンスを最大限に引き出せる「シェルター」のようなものが海上に存在したらどうなるでしょうか?
海のフロンティアへ
外洋は、決して不毛な地ではありません。そこは、栄養を循環させる「スイッチ」さえ
入れれば、地球上で最も効率的な炭素固定工場へと生まれ変わる可能性を秘めた、
巨大なフロンティアです。
「砂漠に木を植える」という発想から、「外洋の栄養循環系を設計し直す」という発想へ。
次の章では、この循環系を物理的に完成させるための「鍵」、すなわち「クラゲ」という
生物学的インターフェースについてお話ししましょう。








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