しかし、昨日から今日にかけての日本株の暴落は、その設計の前提を根底から揺さぶりました。数日で、老後資金の****が消失。モニターの中で削られていく数字は、私がこれまでエンジニアとして人生の時間を切り売りし、積み上げてきた結晶そのものです。
この足元が崩れるような感覚の中で、私は今、世界を覆うある「不気味な思想」を想起せずにはいられません。

加速主義(アクセラレーショニズム)という濁流
今、世界を席巻しているのは**「加速主義」**という先鋭的な思想です。 資本主義やテクノロジーの進化を制御するのではなく、むしろそのスピードを極限まで加速させることで、社会システムを一気に突き抜け、その先にある未知の段階へ到達しようとする考え方です。
かつての資本主義は、まだ人間の温もりのある「ブレーキ」が効いていました。しかし、今の市場はAIアルゴリズムによる超高速取引が支配し、中東での有事——アメリカによるイラン攻撃——といった地政学的リスクすらも、一瞬で数値化され、増幅され、暴落として我々の生活に襲いかかります。
テクノ右派(e/acc)の台頭と「チームみらい」
シリコンバレーでは、ギョーム・ヴェルンが唱える**「有効的加速主義(e/acc)」**を掲げるテクノ右派たちが勢力を伸ばしています。彼らは「テクノロジーの進化は絶対的な善であり、たとえ既存の社会構造が崩壊しても止めるべきではない」と説きます。イーロン・マスクのような巨人が推進するこの動きは、もはや個人の生存戦略を遥かに超えた、宇宙規模の「加速」を目指しているかのようです。
一方で、日本に目を向ければ、**安野貴博氏率いる「チームみらい(現・未来党)」**のような動きもあります。 彼らはテクノロジーを使って民主主義をアップデートし、誰も取り残さない「包摂的な加速」を目指しています。これは、冷徹なテクノ右派に対する、日本らしい「優しき最適化」の試みかもしれません。
しかし、今回の暴落や戦火を前にして、私は憂わずにはいられません。 どれほど精巧な「デジタル民主主義」を構築したとしても、老後資金を一瞬で蒸発させる「資本の冷酷な加速」や、人間の原始的な「闘争本能」というバグを、本当にデバッグできるのでしょうか。
暴落のあとの静寂に
戦争は、すべてを破壊します。 アメリカのイラン攻撃というニュース。火花が散るたびに、世界のOSは書き換わり、そのコストは我々のような一般市民の資産という形で支払われます。
NISAの結果については、今は気長に待つしかありません。 しかし、この加速の先に待っているのが、我々の人生を飲み込む破滅ではなく、安野氏らが描くような「誰もが平穏に暮らせる新しい調和」であることを、心から願っています。
資本主義は、たしかに怖いです。 しかし、この暴走するシステムの中で、私たちが「人間」としての誇りと理性を保ち続けることだけが、唯一のブレーキになるのだと信じたい。
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